2008年10月28日

「なんば」と「常歩(なみあし)」

 2003年8月、世界陸上選手権大会、男子200メートルで、末続慎吾選手が銅メダルを獲得しました。彼がその走りの感覚の中に「なんば」を取り入れたと語ったことから「なんば」一挙に注目されだしました。

 彼の帰国以後、あらゆる場所で「なんば」が大きく取り上げらました。現在でも、解説者やスポーツライターの方々が「なんば」を説明されていますが、それらは「なんば」の表面的な動きしか語られておらず、スポーツの動きに「なんば」を取り入れようとすれば、大きな混乱を招くと思われます。

 私たちは、なんば」や武道などの動きから、あらゆるスポーツに応用できる「常歩(なみあし)」という身体操作方法を提唱しています。多くの方々より「なんば」「常歩(あみあし)」はどう異なるのか、というご質問を受けます。そこで、その違いについてく述べてみたいと思います。ご一読いただければ幸いです。
 
 以前より、江戸時代末頃までの日本人は現在のような歩き方をしていなかったといわれてきました。その歩き方を「なんば歩き」といいます。

 「なんば」「なんば歩き」は元々、舞踊や歌舞伎の世界で言われてきたようです。実は、現在、スポーツ界でとらえられている、「なんば」の動きというのは、武智鉄二氏(映画や歌舞伎の評論家・演出家)が提唱した「なんば」の解釈をおおかた引き継いだものなのです。まず、「なんば」「なんば歩き」同側の手足が前に出るといわれてきました。これは具体的にどういうことかというと、武智鉄二氏は腕を振るのではなく「右足が前に出るときに右肩が出る、左足が前に出るときに左肩が前にでる」と述べています。これが現在の一般的な「なんば」の解釈の原型です。

  さらに、武智氏はこのような歩き方は肩が大きく揺れて無駄が多いので、その動きを極力抑えるようにして歩くとしています。能や歌舞伎などの洗練された動きでは、上体を固定したままねじらないで歩くとしています。このように、「なんば歩き」は、現在のスポーツ界では

1、同側の手足が同時に前にでる。
2、左右の半身を繰り返す
3、上体(体幹)をねじらない

というように、考えられています。

  このような解釈も間違えとはいえません。確かに、「なんば」の動きはこのような傾向があるようです。しかしながら、これらの感覚(動き)をスポーツの動きに取り入れることは、とても難しいと考えられます。そこで、あらゆる上肢の動きにも応用できる体幹の操作を発見しました。それを私たちは「常歩(なみあし)」と名づけました。


 「常歩(なみあし)」は、ねじらないというような感覚ではなく、どのように体幹を使うのか(動くのか)ということに主眼を置いています。走歩行で考えて見ましょう。

 例えば、振り出された右足が着地し、左足が後方から前方へ振り出されます。このとき、骨盤や肩(肩甲骨)を固定してしまう感覚ではなく、着地足側の右腰の前方への動き、またはその感覚「常歩(なみあし)」の感覚です。その右腰の前方への動きに伴って、右肩も前方へ移動します。当然、少し遅れて右腕も前方へ振り込まれることになります。

 感覚的には、右足着地の直後、右腰、右肩、右腕と前方へ移動するのです。そして、前方へ移動した右肩甲骨はすぐに、上方へ持ち上げられ、左側へ重心を移動させます。それと同時に、左足着地から、左腰、左肩、左腕と前方へ移動します。この動きをスムースにするのが、股関節の外旋着地です。感覚的に言えば、着地足側の体幹全部が前に出る感覚です。つまり、着地足側の股関節を十分に機能させて、同じ側の体幹を前方へ押し出します。

 「常歩(なみあし)」は体幹を固定するのではなく、股関節や肩甲骨を積極的に使って合理的な走歩行や動きを実現しようとするものです。この動きは、例えば空手の突きや、相撲の押しにみられる体の動きと同じです。

 このように、体幹を合理的に動かすことによって、体幹がねじれない動きが結果としてあらわれるのです。体幹を固定するという消極的な感覚ではなく、股関節と肩甲骨の積極的な操作によりねじれない体幹の動きを作り出すのが常歩(なみあし)です。

一本歯(後歯)下駄
五動 新体操操作術
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