2018年01月15日

剣道は日本の真ん中だった

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 スキージャーナル社から「剣道日本・休刊告知号」が送られてきた。編集者からそれとなく聞かされていたが、休刊告知号を手にとるまでは実感がなかった。この休刊号、これまでのものとはページ数も減り装丁も異なるものとなっている。編集部の方々の心中を察するに余りある。

 「剣道日本」は私の人生を変えた雑誌である。「剣日」と元編集長の鈴木智也氏との出会いがなければ剣道の専門家としてここにいることはなかった。平成10年に拙論「現代剣道技術論序説‐しない打ち剣道の技術特性について‐」の掲載を皮切りに何度も論考やインタビュー記事を掲載していただいた。そして、平成16年には拙書「本当のナンバ常歩」を上梓させていただいた。「剣日」と鈴木智也、そして編集部の方々には感謝しかない。鈴木氏とは仕事を離れてもお付き合いをさせていただいている。彼は休刊告知号の中ではじめて読者に明かしているが、歴代編集部で唯一の剣道未経験者である。剣道家よりも剣道に詳しい剣道未経験者なのだ。よって、彼との剣道談義は剣道関係者と話すときのような居心地の悪さがない。

 さて、告知号の中で鈴木氏が「剣道を旅して」の記事である写真(右)を紹介している。これは、昭和31年、仙台市の宮城球場で開催された第3回全日本東西対抗剣道大会の様子だ。この大会は第1回全日本なぎなた選手権大会と同時開催であった。観客数25000人。剣道未経験者も多く会場に足を運んだと思われる。戦後の剣道(武道)はこれほどまでに人気があったのだ。何がこれほどまでに当時の日本人を惹きつけたのであろうか。記事の中で鈴木氏がサブタイトルで表現しているように、まさしく「剣道は日本の真ん中だった」のだ。決して、観客を惹きつけたものは勝負だけではなかったはずである。そこには現代剣道が置き去りにしてきたスポーツにはない「武の真諦」があったのかもしれない。

一本歯(後歯)下駄