2013年09月24日

31年ぶりの再会

DSCN0679.JPG 31年ぶりの再会でした。2013年9月22日(日)〜23日(月)に講師をつとめさせていただいた「第34回全国のびのび剣道学校」で、大学の先輩である長谷川智(さとし)氏と再会しました。

 長谷川氏は大学から大学院に進学され身体論を学ばれました。その後、甲野義紀先生にも師事されています。東京都私立桐朋学園高等学校の金田先生に甲野先生をご紹介したのが長谷川氏です。現在は、桐朋学園高等学校や一橋大学等で身体論やボディーワークの授業を担当されているほか、自らは修験道を修行されています。

 お互いの活動は知っておりましたので、それぞれの身体観や武道観を語り合うことができましたが、その修行の方向性が全く同じでした。その方向性とは「自らの心身を薄めていくこと」と言えます。身法や心法を用いて自らを無にすることが究極の目標です。そして、そのためには動作の抵抗をなくす必要があるのです。長谷川先輩はそれを剣道から離れて体現されようとし、私は剣道で体現しようとしたと言えるかもしれません。

 不思議なもので長谷川氏との再会は、郷愁を感じさせるものでした。

 のびのび剣道学校は40名の参加があり、熱心に受講していただきました。受講された皆様、そしてスタッフの方々、ありがとうございました。

2013年08月10日

本当はすごい!ラジオ体操

本当はすごいラジオ体操.gif ウェルネス戸畑で開催された、北九州市社会福祉ボランティア大学で「本当はすごい!ラジオ体操」の講義をさせていただきました。ラジオ体操第一を例に、体幹の動きを中心に説明させていただきました。以前は、高齢者などの健康増進にはウォーキングが推奨されてきましたが、ウォーキングでは筋力アップがそれほどのぞめないことが分かってきました。

 やはり、ウォーキング(歩行)は移動手段として考え、筋力の低下を防ぐ手立ては、ケガがないラジオ体操などの徒手体操を用いることがいいと思われます。上は講義で用いたスライドの一部。第一の5番目の体操は体幹の「伸ばす・縮める」の動作であることを示しました。参加者の皆様、お世話いただきました市民センターの職員の方々、ありがとうございました。

2013年07月28日

「からだ」と「技」を繋(つな)ぐもの

 今年(2013年)3月までの2年間、大学教員をしながら学生の身分でした。大阪教育大学大学院健康科学専攻に所属していました。剣道の技術論で修士論文を書かせていただきました。この修士論文は平易に改変してスキージャーナル社より著書とじて発刊されます。

 さて、ここでの中心課題は「日本刀」と「竹刀」の関係なのですが、剣道の発展過程を通じて明らかにしたかったことは、「動作原理」についてです。「動作原理」とは、「からだ」と「技」をつなぐものです。現在のスポーツトレーニングでは、筋力トレーニングなどで「からだ」をつくること、また専門技術習得の訓練をすることは盛んに行われています。しかし、「からだ」と「技」(パフォーマンス)繋ぐためには、「動作原理」の習得が必要ではないかと思われるのです。その「動作原理」の一つが「常歩(なみあし)」です。

 そして、その「動作原理」を習得するほぼ唯一の方法は、その「動作原理」を体現する「歩行」を習得することと言えるのです。つまり、どんなにすばらしい「からだ」を手にいれたとしても、日常の「歩行法」に代表される「動作原理」を身につけない限り、すばらしい「技」は発現しないと考えられるのです。古来、武術では「歩行法」が重要視されてきました。日本の武道(武術)にありスポーツにないものは、明らかに「動作原理」の修練方法だと思われます。例えば、武道(武術)に伝わる「型」は明らかに「からだ」と「技」をつなぐ「動作原理」として機能しています。

 「からだ」と「技」(パフォーマンス)をつなぐ「動作原理」という視点こそ、これからのスポーツに必要ではないかと思われます。今回の論文では「動作原理」を共有することによって「日本刀」の特性を「竹刀」でも受け継ぐことができることを述べました。「常歩(なみあし)」とは、「からだ」と「技」を繋ぐ「動作原理」であり、ゆえに様々なスポーツにおいて機能すると考えれるのです。

2013年07月17日

北九州市市民センター館長研修会「からだにやさしい歩き方」

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 本日は「からだにやさいい歩き方」いう内容で講演をさせていただきました。北九州市の市民センターの館長さんを対象とした講座です。「歩き方」に特化した講演は2度目だと思います。

 さて、上のスライドは今回使用した中の一枚、現代の「歩き方」は、股関節・膝関節・足関節を伸展方向に動作させる「伸展感覚(動作)の歩行」であることを説明させていただきました。

 日本人の歩きは、明治維新で変革したと考えられます。原因のひとつは生活習慣の変化、特に洋服やシューズの着用は大きな原因でしょう。しかし、それは緩やかな変化です。最も直接的な原因は、学校体育で「歩き」を変革したことです。なぜ、その必要があったかというと富国強兵策として洋式軍隊を必要とした政府は、行進が苦手な日本人(特に農民)の子供の歩き方を変え、軍隊に送り込む必要があったのです。つまり、明治初期の体育の目的は、子供たちの幸福を期したものではなく、彼らを戦場に送るためにあったと言えます。そして、同様の目的は音楽教育にもみられ、行進に適したマーチをつくり文部省唱歌とし、そのマーチによって日本人の身体リズムを変革し行進に適した歩き方を子供たちに植え付けました。

 私たち体育教師は、明治期の体育が子供たちを優秀な兵隊とするために利用されたことを忘れてはならないと思います。今も残る行進や集団訓練の原初的な意味を考える必要がると思います。

  実は江戸時代までの日本には多様な歩きがありました。それを可能にしていたのが、草履・草鞋などの伝統的履物です。そして、その多様な歩きの中に、現代人が忘れてしまった「からだにやさしい歩き方」があると考えられます。

2013年06月01日

体罰問題を考える

 スポーツにおける「体罰問題」が話題になっています。先日、九州共立大学スポーツ学部の「スポーツ指導論」(1年生)の授業でレポートを実施しました。3項目の中のひとつに「体罰(暴力)的指導に関して自論を述べよ」という課題をかしました。レポートの内容を読み、スポーツ指導における「体罰(暴力)的指導」が「必要である」・「必要ない」・「どちらともいえない」に振り分けてみました。

 高等学校から入学してきてすぐの学生たちが、「体罰(暴力)的指導」をどのようにとらえているか興味のあるところでしたが、意外に「体罰(暴力的)指導」を肯定している学生が多いことが分かりました。ただし、「必要」であるとした学生の中には、「賛成ではないがチームを強くするためなら必要である」などとする意見も含まれます。

 レポート提出者は159名、「体罰(暴力)的指導」が「必要である」は65名(41%)、「必要ない」が86名(54%)、「どちらともいえない」が8名(5%)でした。もうすこし、「必要ない」とする学生が多いと思っていました。なぜなら、レポート作成の前に、体罰的指導は反対であるとするスポーツライターの金子達任氏の文章を読ませていたからです。

 さらに、これらを入試区分で比較してみました。「実技方式」で入学したものと「学力方式」で入学した学生の数値をみてみました。「実技方式」で入学してきた学生は76名、そのうち「体罰(暴力)的指導」が「必要である」としたものは39名(51%)、「必要ない」とした学生が35名(46%)、「どちらともいえない」が2名(3%)でした。一方、「学力方式」で入学したものは83名、そのうち「必要である」は26名(31%)、「必要がない」は51名(61%)、「どちらともいえない」が6名(8%)でした。

 明らかに、入試区分で差が認められました。「実技方式」での入学生は、スポーツの技能や実績が高い学生が多いと考えらえれます。また、各競技の強豪校からの学生を多く含んでいます。それらの学生は、「体罰(「暴力)的指導」を容認する傾向があると考えられます。

2013年03月31日

みやま市立高田中学校へ

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 福岡県みやま市立高田中学校で、剣道に必要な動作・トレーニング法の講習会を開催させていただきました。高田中学校は全国大会や九州大会にも出場している名門中学校、多くの優秀な剣士を輩出しています。

 約2時間、トレーニングウエアで動作方法やストレッチ、トレーニング法などを紹介しました。その後は、稽古着と防具を着用して稽古、久しぶりに中学生と稽古をさせていただきました。高田中学校剣道部の皆さま、ありがとうございました。

2013年03月25日

大阪教育大学大学院教育学研究科健康科学専攻(スポーツコース)修了

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 先日(3月22日)、大阪教育大学大学院教育学研究科健康科学専攻(スポーツコース)を修了いたしました。実は、私は学卒で大学(九州共立大学)に採用されました。

 50歳を過ぎて、大学院(修士課程)に籍を置かせていただきましたが、学生として大学に通うことがこれほど楽しいこととは思っておりませんでした。同窓の皆様、そして先生方には感謝の気持ちしかありません。ありがとうございました。

 修士論文は、剣道の技術を「身体性」の観点から見直しました。「身体性」とは「身体特性」・「動作原理」・「動作特性」から成り立っていると仮定し、剣道技術を考察しました。今回の修論は、平易な文章に改変して、著書として発刊することになっています。夏ごろには発刊の予定です。

2013年03月21日

体罰問題を考える

 本日、ある大分県の中学校剣道部の外部指導者による体罰事件が報道された。あまりの暴力的指導に疑問を持たれた保護者が、ビデオ撮影した映像が全国に放映された。剣道指導者として、また指導者を育成する立場として、残念でならない。

 聞くところによると、日本のスポーツ現場は、様々な競技で同様な指導が行えわれているという。ご子息がソフトテニスをしていた保護者の話をお聞きしたことがある。試合中に、指導者がコートに入って殴る蹴るの暴行を選手に加えているそうだ。また、別の知人の方から娘さんのバレーボールの練習試合での出来事をご相談受けたことがある。自チームではなく、自チームの監督さんの先輩の相手チームの監督から、娘さんが試合中に暴行を受けたらしい。

 今、表に出てきている全柔連や大阪市立高校の事例は、ほんの氷山の一角のように思われる。いつから、日本のスポーツ界はそうなってしまったのか。

 多くの識者は、「今はそんな時代ではない」という。では、昔は、暴力的指導が容認されていたのだろうか。そんなことはない。現在のような暴力的指導が許されるようになったのは、実は最近である。少なくとも戦後だ。

 例えば、武道の稽古形態をみても、本来は師と弟子が一対一で技を伝授していた。そこに、現在のような暴力的指導が入り込む余地はない。弟子は師と相対して、師の技や心(求道的精神性)を学んだ。これが、長く続いた武道の教習形態である。武道とは、原初的には、最も「暴力的」な技である。なぜなら、武道(武術)の技は相手を殺傷するものだからだ。その武道が、文化として伝承されるためには、その暴力的要素を排除しなければならなかった。その一つの方法が「型」化である。だから、武道に暴力的指導があってはならない。それは、武道の文化性を否定することになる。

 そして、もう一つ重要な観点がある。それは、武道は本来勝敗ではなく、「技の洗練度」を課題としてきたということである。現代のスポーツ文化に染まっている方々にはわかりにくいだろうが、「技の洗練度」は勝敗とは無関係である。だから、競技の勝ち負けと「技」のレベルとは一致しない。江戸時代や明治中期くらいまでの武道を調べてみると明らかに「勝敗」とは異なる価値観があった。例えば、相撲が「勝敗」を第一義とするようになったのは最近である。明治中期ごろまでは、相撲は地元力士が勝つことが当たり前であったという。観衆は「勝ち負け」よりも、その「技の素晴らしさ」に拍手を送っていた。だから、明治中期ころまでの武道にはトーナメント試合は存在しない。一人が一度試合をするだけの組試合である。優勝者を決めるということがなかった。

 多少乱暴に言えば、勝敗を第一義とする「スポーツ」の考え方を日本に根付かせたのは米国の「占領政策」であると思っている。「勝敗」の究極は「生死」である。「勝敗」を第一義としないということは「生死」を第一義としないということなのだ。「生をあきらめ、死をあきらめる」という言説がある。「あきらめる」とは、「諦める」のではなく「明らかにする」である。この言説は「勝敗」を第一義とするスポーツ文化からは生まれてこないと考えられる。そして、戦勝国の米国は、この「生死」を第一義としない武道の思想性を最も恐れたはずである。

 日本の武道、そしてスポーツは、もう一度、身体運動文化の特性に回帰すべきでなないのか。武道もスポーツも、「勝敗」とは同価値の「技(技術)の洗練度」という価値観があったのだ。自分自身の「技」をひたすら磨くことで、求道的精神性(礼儀などの道徳的精神性ではない)が涵養されてきた。その、本来の身体運動文化のあり方に戻るべきである。武道・スポーツ関係者が受けている「洗脳」が解けることを祈るばかりである。

2013年03月10日

二天一流武蔵会へ

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 埼玉県比企郡嵐山町にある「国立女性教育会館」二天一流武蔵会の講習をさせていただきました。「二天一流」とは宮本武蔵がおこした流儀の名称で、その技を研究・実践されています。

 参加者の先生方は、すべて二刀をつかわれます。全員が二刀を構える姿は壮観。午前中は、常歩の足さばきを中心に二時間の講習、午後は稽古をお願いしました。約一月ぶりの稽古でしたが、楽しく二刀の先生方と稽古をさせていただきました。ありがとうございました。

2013年03月02日

修士論文発表会

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 「平成24年度大阪教育大学大学院教育学研究科健康科学専攻修士論文発表会」が大阪教育大学天王寺キャンパスで開催されました。私も大学院生として発表いたしました。この2年間、教員として学生として充実した2年間を過ごさせていただきました。ご指導をただいた先生方、また同窓の院生の方々ありがとうございました。

【スポーツ研究の発表】

「平泳ぎにおける呼吸有無がストローク変数とArm-Leg Coordinationに与える影響について」(川辺芙美子)

「現代剣道における剣道技術論に関する研究ー「単え身」によ剣道技術論の構築に向けてー」(木寺英史)

「片脚ジャンプ着地時のバランス測定における左右差の検討〜一般成人および各種スポーツ選手を対象として〜」(杉山恭二)

「陸上競技のスプリントトレーニングにおける単独走と競争の比較」(豊嶋陵司)

「バスケットボールにおけるオフェンスリバウンドボール獲得技術向上に関する基礎的研究」(春名桂)

一本歯(後歯)下駄