杖を保持して歩く

杖057.jpg

(蔀関月編・画「伊勢参宮名所図会」(1797)『日本名所図会全集11』名著普及会.1975)

 以前、東洋大学の谷釜尋徳先生の詳細な調査を紹介しました。伊勢神宮に参拝(お伊勢参り)した旅日記(男性に限る)から詳細にその歩行距離を算出しておられるのですが、平均30キロ台になっています。しかし、これはあくまで平均で旅行程の都合で一日一桁から10キロ台の日も含めたものです。最長は75キロですが、どの旅日記も50キロを超えています。谷釜先生が「無理のない歩行の上限は50キロ程度であった」と推察されているように、近世の日本人は50キロであれば毎日無理なく歩けたあろうと思われます。

 先日、谷釜先生から論文「近世後期の街道筋もおける棒の用途と身体技法」を送っていただきました。非常に興味深い内容ですので一部紹介します。近世の日本人は、歩くとき(移動するとき)・物を運ぶとき(運搬するとき)・休むとき(休憩するとき)に棒を多用しています。その棒の使い方と身体技法に関する論考です。

 そのなかで、近世の日本人は歩くときに「杖」を多用したことが述べられています。名所図会に描かれた旅人の姿を具に調査されています。その結果、描かれている432人中、杖を携行しているのは34.4%(男性29.0%、女性58%)であったと報告されています。

 さて、なぜ長い距離を歩くときに杖を携行したのでしょうか。近世の人々が試行錯誤の結果、杖を携行するようになったと思われますが、この杖の主な機能は地面に杖をついてからだを支えることではなかったと考えれれます。谷釜先生も棒の身体技法で述べられているのですが、その主な機能は「片踏み」を発現させることにあると思われます。「片踏み」とは、左右どちらかの肩と腰を前方に位置させたまま歩くことで、近世日本の身体技法の代表的なものです。

 「片踏み」にすることで体幹を捻らずに歩くことができます。杖を携行して歩くとわかりますが、杖を持った側の肩と腰が自然と前方に位置し「片踏み」となります。

 歩行形態について考察しますと、何も持たずに体幹を正面に向けて歩くことは非常に難しいことが分かります。私たちは日常生活のかなかで自然と「片踏み」を作り出しているのかもしれません。スポーツや武道の技術や動作にも「片踏み」を意識的に取り入れることができそうです。

近世日本人の歩行能力

edohokou.png 近世の日本人はどのくらいの距離を歩いていたのか。東洋大学の谷釜尋徳先生が詳細な調査をされています。

 近世日本人の歩行に関しては多くの論考を発表されているのですが、左の表は「近世における東北地方の庶民による伊勢参宮の旅の歩行距離−旅日記(1691〜1866)の分析を通して−」(東洋大学スポーツ健康科学紀要、2015/03)に掲載された表です。

 36編の東北地方から伊勢神宮に参拝(お伊勢参り)した旅日記(男性に限る)から詳細にその歩行距離を算出しています。

 よく、近世日本人の旅は一日10里(約40キロ弱)歩いたと伝えられるのですが、この表では平均30キロ台になっています。しかし、これはあくまで平均で旅行程の都合で一日一桁から10キロ台の日も含めたものです。

 最長は75キロですが、どの旅日記も50キロを超えています。谷釜先生は、「無理のない歩行の上限は50キロ程度であった」と推察されています。

 これはとんでもない距離です。一般の庶民は一日50キロであればある程度余裕で歩けたということです。

 このような歩行を可能にしていたのは何だったのでしょうか。ますます、前近代日本が保有した「身体」に興味がわきます。