2019年09月09日

5年連続全日本剣道優勝大会へ

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先日(9月7日)は九州学生剣道優勝大会が開催されました。男子は今年もベスト8で全日本への切符を手にしました。5年連続の全日本出場です。

今年は、春の個人戦の惨敗から学生たちは良く立ち直りました。

準々決勝では、日本経済大学に大将戦で敗れましたが内容のあるいい試合でした。内容がいい試合をしてくれると一年間の指導が報われます。学生たちには感謝しかありません。

さて、私はなみあしの理論で剣道の指導をしています。「歩行原理」と「カラダの左右法則」を剣道に動作に当てはめることによって、明確に指導の観点が分かるようになりました。

学生に伝授している剣道は「左荷重の剣道」です。「左荷重」を基準として技を組み立てていまます。

今年のチームはベスト8でありましたが、これまでのチームでは最も「左荷重の剣道」を体現しています。

全日本まで、さらに洗練度を深めたいと思います。

2019年07月29日

高校剣道の変容

 現代剣道の攻防は防御中心になっています。その中心の技術が左こぶしを頭上に位置させる「三所防御」といわれているものです。小手、面、胴を同時に防ぐことができます。現在の高校生の試合を拝見すると、この「三所防御」を駆使して、まず防御を固めることを課題としているようにみ受けられます。私たちが若いころの剣道とは異質なものになっています。

 いつ頃からそのような変容があったのでしょうか。ユーチューブに平成4年度の玉竜旗高等学校剣道大会の男子、準決勝と決勝の動画がありました。当時も、「三所防御」が問題になっていましたが、動画を拝見すると、一足一刀の間合いでの攻防が多いことがうかがえます。この試合は私は審判席から拝見していましたが、非常に見ごたえのある試合だったと記憶しています。

 現在の試合に比べると、一足一刀の間合いから相手の打突に対して「受ける」のではなく、、「打突すること」が主体になっていることが分かります。

 武道の間合いは媒介(武器)によって変わります。剣道の間合いは「一足一刀」です。「一足一刀」の間合いかの攻防が主体となるように試合規則を変えていく必要があると考えられます。

2019年06月19日

かかり稽古は必要か?

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 記事のタイトルは「かかり稽古は必要か?」とした。左荷重の剣道を指導して5年、日増しに左荷重剣道の稽古に「かかり稽古」は必要であるかという疑問が大きくなっている。本学剣道部は冬の間は「かかり稽古」を取り入れている。毎年、春の九州個人と西日本学生は戦績がよくない。今年は西日本学生で男子がベスト16に入っているが九州個人は惨敗した。

 西日本学生大会が終わってから、今年は「かかり稽古」を一切やめてみた。すると、左荷重の効果があらわれてくる。つまり、「かかり稽古」という稽古法は「右荷重」を作りだす稽古なのかもしれない。

 6月16日(日)に久留米で行われた「第60回仲縄旗争奪剣道大会」で4年生チームが準優勝、女子Bチーム(1年生)が3位に入賞した。特に男子は80チームが参加、九州の有力実業団チームも参加している中での準優勝であった。

 確かに、専門体力を高めるためには「かかり稽古」は必要であるが、左荷重剣道の技術を高めるためには逆効果になると考えられる。剣道の中心的稽古法である「かかり稽古」をどのように取り扱うが上達のカギのように思われてきた。


2019年06月17日

剣道合宿セミナー開催

20190614~15東京剣道合宿.JPG 6月15日(土)・16日(日)、ふじの体験の森やませみ(神奈川県相模原市)に併設された沢井体育館において、剣道合宿セミナーを開催しました。15日か16日の1日参加者も含め13名に受講していただきました。

 1日目は「左荷重の剣道」の講習を3時間と稽古1時間、2日目は「なみあし剣道」の講習2時間と稽古1時間、計7時間の講習でした。

 参加者の最高年齢者は83歳(7段)の方でした。80歳をこえられて、さらに自分の剣道をみつめる姿は感動的です。私自身も80歳で稽古ができることが人生の大きな目標の一つとしています。

 剣道セミナーや稽古会は、インストラクター(マスターインストラクター)の方々が積極的に計画されています。「左荷重」や「なみあし」の剣道を思い切って実践する場を求められているようです。私もできる限り参加していきたいと思います。

2019年05月14日

「競技」として作る剣道の未来

20190514剣日取材表紙.jpg 4月下旬、雑誌「剣道日本」より座談会形式の取材を受けました。

 冒頭に「異色のメンバーが剣道の未来を語る。」とあります。メンバーは坂上康博氏・長谷川智氏、そして私の3名です。

 坂上康博氏(一橋大学教授)はスポーツ 史・スポーツ社会学の専門家。剣道の歴史や他のスポーツにも精通しておられます。毎年9月に開催される「のびのび剣道学校」の主宰者でもあります。
 
 長谷川智氏は筑波大学剣道部で私の先輩(4年と1年)です。ご卒業後修士課程にすすまれ、その後は剣道を離れてヨーガ、修験 道、瞑想修行など東洋的修行の道に進みまれました。

 数年前から長谷川氏と私はともに坂上氏の「のびのび剣道学校」でと もに講師を務めたさせていただいています。剣道に関して三人で話す機会が多くなりあるゆる角度から議論を深めてきました。

 今回は「競技として作る剣道の未来」と題して座談会をいたしました。専門分野は三人三様ながら、思い描く剣道の未来は「競技」 としての発展という点で一致しています。

 剣道は江戸時代までは実用術であると考えられてきましたが、実際には江戸後期にはすでに「競技」としての性格を持っていたことを証明する史料が坂上先生から提示されました。しない打ち剣道の考え方が根本からくつがえるものです。 

 座談会の様子は5月25日発刊の「剣道日本」に掲載されます。是非、ご一読を。

2019年03月23日

「左荷重」から間合いを詰める

 福岡県南部で開催された大会の模様です。九州を代表する実業団どうしの決勝戦。白タスキの「先鋒」と「中堅」は本学(九州共立大学)剣道部の卒業生です。「先鋒」の剣士は卒業生して2年目、「中堅」の剣士は今春卒業しました。

 「先鋒」の剣士は「左荷重」から左ひざを抜いて前進したり打突しています。ほぼ、左かかとが接床しています。左かかとが目立たないように袴を長く着用しています。

 そして、相手の打突に対して、常に前進して間をつぶして(はずして)います。この間合いの外し方は「左荷重」の構えでないとできません。「右荷重」の構えでは、相手の打突に対して前進したり、引いたり(あましたり)して間を外します。そうすると足さばきが非常に難しくなります。

 この「左荷重」からの入り身ができると、徐々に出頭の技が打てるようになります。「左荷重」の剣士の活躍を祈念したいと思います。 

2019年02月26日

韓国遠征

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 本学(九州共立大学)剣道部は2月18日(月)〜21日(木)、韓国の朝鮮大学(光州市)に遠征いたしました。韓国の大学スポーツは少数精鋭、朝鮮大学剣道部も新入生を含めて男子15名ですが、全員が技能特待生での入学だそうです。試合・稽古、そして夜は懇親会と有意義な時間を過ごさせていただきました。

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 遠征3日目の20日(水)には、ソウルで開催された「SBS杯全韓剣道大会」を視察しました。上の写真(左)をご覧いただくと分かるように、審判は4人制で、主審の裏に3人の審判が椅子に座っています。韓国では審判の数を増やす傾向にあるそうです。5人制の大会もあるようです。その方が誤審を少なくできると考えられているようです。

 試合を拝見して韓国の選手がなぜ攻撃的であるのか分かりました。応じ技がほとんどないのです。相手の打突に対する「出頭技」「返し技」「すりあげ技」などがありません。よって、攻撃的でスピードがある技で勝負することになります。

 この傾向は日本でも同様です。これらの原因は、やはり「右荷重」にあると考えられます。「右荷重」の構えからは「対の先」や「後の先」の打突が発現しにくいのです。どうしても、自分から攻め込んで打突する剣道になります。

 最終日は朝鮮大学のオ・ギルヒョン監督と稽古する機会がありました。オ監督は5年ほど前まで、韓国ナショナルチームで活躍された剣士です。言葉は通じなくても剣先を通じて会話をしているような不思議な感覚でした。来年は、朝鮮大学が本学を訪れる予定です。 

2019年02月07日

「なみあし流」をとりいれて全国大会へ

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 今月号(2019年3月号)の雑誌「剣道日本」に高田中学校(福岡県みやま市)の剣道部が「なみあし流」をとりいれ2年連続で全国中学校剣道大会に出場(2017年度ベスト16、2018年度ベスト8)したことが記事になりました。

 福岡市内近郊の強豪道場を主軸とする中学校をやぶっての2年連続の全国大会出場の原因の一つが「なみあし流剣道」をアレンジした高田中学校しかしていない稽古法であったと伝えています。

 ご指導をされてきた瀬戸靖博先生とはもう20年以上のお付き合いです。拙書のモデルも何度かお願いしたこともあります。記事の中で瀬戸先生は

「自分の剣道のやり方を180度変えました。そして、子どもたちの指導も、木寺先生から教わったことを自分なりに解釈して、中学生にできることだけをさせています。」

と述べています。

 「なみあし流」をとりいれて成果を上げている剣道家や中学・高等学校の部があることはこれまでもお聞きしていますが、このように雑誌の記事になることはありませんでした。徐々に、「なみあし流」が広まっていることが実感されます。

2018年11月15日

剣道からなぜ「歩み足」が消えたのか?

 剣道からなぜ「歩み足」が消えたのか?という課題を少し調べています。

 稽古と剣道形は車の両輪と言われます。日本剣道形には現代剣道で多用される「踏みこみ足」による打突(斬撃)動作はありません。なぜ、剣道から「歩み足」による打突が消えたのでしょうか。

 五輪書に

「足づかいは、ことによりて大小・遅速は在とも、常に歩むがごとし」

とあるように近世初期の剣術は「歩み足」が主体であったようです。

 現在のような剣道具と竹刀を用いた「しない打ち剣道」が開始されたのは江戸中期です。正徳年間(1711〜1715)に直心陰流の山田平左衛門・長沼四郎左衛門父子が剣道具に改良を加えたことで急速に普及しました。しかし、当時の「足さばき」については、

「一メートル(三尺三寸)内外の撓(袋竹刀)を持って、進退は常の歩行のごとくした。」(堀正平『大日本剣道史』)

とあるように「歩み足」が主体であったことがうかがえます。「しない打ち剣道」の実践が「歩み足」の消失した主因ではないようです。

 しかし、江戸後期に大石進が「長竹刀」を使用したことを契機に「足さばき」が変容していきました。大石進は筑後国三池郡(現在の福岡県大牟田市)に生まれ、幼少時よりタイ捨新陰流系の神影流や宝蔵院流槍術を学びました。従来の稽古に飽き足らず自ら剣道具に改良加えるとともに 5尺3寸(1.6メートル)もある長竹刀を考案したと伝えられています。1832年(天保3)江戸に出て長竹刀旋風を巻き起こし諸道場を撃破、一躍剣名をとどろかせました。

 この大石の江戸出府による長竹刀の流行が「足さばき」に大きな影響を与えたといわれています。

「長竹刀になると柄も長くなったので、両手の間も多く開いて進退の時太刀先が動く。それを動かすまいとすれば窮屈である。故に自然順送り足で進退する様になった」(堀正平『大日本剣道史』)

というように「送り足」が多用されることとなりました。つまり、「長竹刀」を保持すると左右の手の間隔(グリップ)が広くなり歩み足では剣先が定まらないために「送り足」になったようです。

 その後、講武所は竹刀の長さを3尺8寸に制限します。しかし、足さばきは「送り足」がのこり「歩み足」に戻ることはありませんでした。私自身の剣道実践から考察すれば、現代の3尺9寸以下の竹刀であれば「歩み足」による打突は十分可能だと思います。私はさらに「歩み足」の発現をうながすように3尺8寸5分の竹刀を使用しています。

 「歩み足」の剣道を目指す方は竹刀と柄の長さに留意することが大切です。工夫してみてください。

 

2018年10月17日

利き目と左荷重

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 剣道を指導(コーチング)する時に外せない着眼点に利き目があります。利き目が右の剣士と左の剣士では明らかに得意技や受けの方法が異なるようです。よって、指導者はどうしても自分の利き目の剣道を経験的に教えることになります。

 私の利き目は左です。左荷重の剣道は利き目が左の剣士が早く習得します。右が利き目の剣士は上達が遅い傾向にあります。しかし、利き目がいずれにせよ「左荷重」の剣道を教えます。「左荷重」の剣道を身につけることによって将来様々な足さばきに発展すると考えられるからです。生涯にわたり剣道を楽しむためにも「左荷重」の剣道を経験させておきたいと考えています。 

 利き目が左であると構えで左半身が前方に出ようとするために「左荷重」になることが容易です。部員で「左かかと」が下がるのはほとんど利き目が左です。利き目が右の学生は、左に乗れるようになるまでに時間がかかります。構えでの左かかとの高さをみれば、ほぼ利き目が分かります。

 さて、利き目が左の剣士は左荷重からの打突が容易にできますが、利き目が右の剣士は最初は右を踏むので、その瞬間居つきます。よって、利き目が左の剣士と同じように教えてもうまくなりません。そこで、利き目が右の剣士は、左右の足の踏みかえを速くさせます。すると、右を踏む時間が短くなるので、比較的右足が出やすくなります。

 つまり、利き目が左の剣士には「左に乗って右から打つ」、利き目が右の剣士には「足の踏みかえを速くして(ステップのタイミングを小刻みにして打つ」と教えるといいようです。

 指導(コーチング)で学ぶことが多くあります。学生に感謝です。


一本歯(後歯)下駄